病児・家族支援研究室 Lana-Peace(ラナ・ピース)
Lana-Peace 「大切なお子さんを亡くされたご家族のページ」
大切なお子さんに先立たれたご家族のために…
 
ご案内
Lana-Peaceとは?
プロフィール連絡先
ヒーリング・カウンセリングワーク
エッセイ集
サイト更新情報
日々徒然(ブログへ)
 
エッセイ集
悲しみで心の中が
ふさがった時
お子さんを亡くした
古今東西の人々
魂・霊と死後の生
〜様々な思想〜
アート・歴史から考える死生観とグリーフケア
 
人間の生きる力を
引き出す暮らし
自分で作ろう!
元気な生活
充電できる 癒しの
場所
魂・霊と死後の生〜様々な思想〜

ご縁のある人々によって守られるこどもたち

臨死体験の際、こどもたちは大いなる存在による慰めや励まし、導きを得ることをこちらでご紹介しましたが、今回はご縁のあった人々による例をご紹介したいと思います。

3歳半の時、心臓病のために開心術を受けたアンドリュー(仮名)は、術後2週間ほど経ったある日、母親に「お花がいっぱい咲いていて動物がたくさんいる、きれいで明るい場所にはいつ戻れるんだろう?」と尋ねるようになりました。母親はその場所を公園のことだろうと思い、元気になったら家族みんなで出かけようと答えましたが、アンドリューはその答えに納得しませんでした。

「違うよ。公園じゃないよ。僕があの女の人と一緒に行った、明るい場所だよ」と言いました。「どんな女の人?」と尋ねると、息子は「飛ぶ人」と答えました。

「ママ、その場所のことを忘れてしまったみたいだわ。なんのことだかわからないの」と言うと、息子はこう答えました。

「連れて行ってくれたのはママじゃないよ。
女の人が迎えに来てくれたんだよ。その人が僕の手を握ると、二人で飛んだんだ……僕が心臓を治してもらっている間、ママは外にいたでしょう?……でも、その女の人が一緒にいてくれたから大丈夫だった。優しくしてくれたから、怖くなかった。すてきだった。すごく明るくて、いろんな色があった。(けれども)僕はママのところに帰りたくなったんだ」。

私が彼に、「戻ってきたとき、あなたは眠っていたの?起きていたの? 夢を見ていたの?」と尋ねると、彼はこう答えました。

「起きてたよ。でも、僕は天井の方にいて、下を見ると、僕が寝ていた。お医者さんが胸に何かをしていた。すごく明るくて、僕はふわふわ降りていったんだ」


引用文献 A:
サム・パーニア著, 小沢元彦訳(2006)『科学は臨死体験をどこまで説明できるか』三交社, pp.107-108

術後一年経ってもアンドリューは、体外離脱した時に見た光景をずっと記憶していました。そして母親と一緒にテレビ番組を見ていた時、あるこどもが心臓手術を受けるシーンを目にした彼はひどく興奮し、自分もその体外循環装置を使ったのだと言い出したのです。アンドリューの手術はもちろん全身麻酔。寝ている間の手術で使った装置のことを息子が記憶しているはずはない、と母親は思いました。しかし彼は本当に使ったのだと言い張るのです。

「眠っていたのは知ってる。
 でも、上の方にいたときに見えたんだ」
「眠っていたのに、どうして上から見ていられたの?」
「だから言ったでしょ? 女の人と飛んでたときに……」

ある日、亡くなった母が私と同じくらいの年齢だった頃の写真を見ていると、アンドリューが言いました。

「この人だ。あの女の人だ」


引用文献:前掲書A, p.109

アンドリューの手術中、非常に危険な状態に陥った時、彼のそばには他界した祖母が一緒にいたのですね。彼は祖母と過ごした時のことを、次のように絵に残しています。


前掲書A, p.108
上の絵の二人の様子を拡大してみると、どちらもにこやかな表情であることが伝わってきます。雲が浮かび、足の下に広がるお花畑。

アンドリューは祖母と二人で楽しそうに飛んでいます。この絵からは、ちっとも恐怖や怯えなどは感じられません。まるでお花畑でのピクニックの一場面かのようです。気持ちが晴れ晴れとするような時間をアンドリューは祖母と一緒に過ごしていたのでしょうね。後日、アンドリューはこの絵のことを自分と亡くなった祖母とを描いたものだ、と証言したそうです。

瀕死の状況になった時、先祖が助け、励ましてくれる例をもう一つご紹介しましょう。13歳の少年ブライアンが溺れた時のことです。

ぼくは境界へと近づいた。説明などなくても理解できた。その境界を越えてしまったら二度と戻れないということが。越えてしまえば、すべては終わりだ。

ぼくはどうしようもないほど興奮し、境界を越えようとしたが、そこで先祖たちの存在に気づいた。彼らがテレパシーで話しかけてきたのだ。ぼくは重度の聴力障害者で、家族は全員耳が聞こえた。そして全員が手話を知っていた。ぼくは20人ほどの先祖と手話で語り、ほかの人とはテレパシーを使った。

こんなにたくさんの人々と同時にテレパシーで話せるなんて信じられない。ぼくは圧倒されてしまった


引用文献 B:前掲書A, p.106
ジェフリー・ロング, ポール・ペリー著, 河村めぐみ訳(2014)
『臨死体験9つの証拠』ブックマン社, p.180

生まれた時から、まったく耳が聞こえないため、手話や読唇術などを使って他者とコミュニケーションをとっていたブライアン。彼が溺れた時、まだ人生を終える時ではないのだと、先祖が総動員で知らせに来たのですね。それも、彼がわかるように手話やテレパシーを使って…。

私達が生まれ出てくるための先祖をたどって行けば、もうそれは数えきれないくらいの数の先祖が存在することになるでしょう。私達の脳裏に一度も浮かんだことのないような人々。でも、たとえ自分がその先祖の存在を知っていなくても、先祖に見守られていることが次の例でわかります。6歳の少年ピーターが重度の切り傷で出血多量となった時のことです。

そして左を見ると、ぼくが九カ月のときに亡くなった祖母がいた。彼女のそばには死んでしまった身内が何千人もいた。
彼らは半透明の霊の姿をしていた


引用文献:前掲書B, p.182

赤ちゃんだった孫が6歳の少年へと成長する間、祖母はずっと見守っていたのですね。そして危機的な状況の時には何千人もの親族を連れて…。よほどピーターに「あなたはまだ、死んではいけないのよ」と伝えたかったのでしょう。

自動車事故で頭部外傷を受けたミッシーはトンネルを通り、女の子に出会いました。

私は子供と出会った。それは火事で死んだ姉だった。彼女が死んだとき私は一歳ぐらいだったが、私にはそれが姉だとわかった。彼女は家族にそっくりだった。ずっとあとになって家族写真のアルバムを見たとき、それが姉だったことを確認した


引用文献:前掲書B, p.186

ミッシーの記憶の中では、こどもの頃の姉の記憶はなかったのですね。それもそのはず、1歳の時の死別なのですから…でも姉の魂は幼い妹をずっと見守り続けていたのですね。火事によるこどもの死、それがどんなに悲惨な状況であったとしても、そのこどもの魂は妹をずっと見守る優しさと強さを持ち続けていたのだと知ることができます。

 

自分の肉体は代々ご縁のある人々のつながりによって、この世に存在します。その多くの人々がこの世の自分の生を見守ってくれることに、感謝しなくてはいけないですね。

2017/11/10  長原恵子
 
関連のあるページ(サム・パーニア医師とジェフリー・ロング医師)
「こどもの臨死体験と医師」
「幼児・中学生の臨死体験」
「大いなる存在によって守られるこどもたち」
「ご縁のある人々によって守られるこどもたち」※本ページ
「いつかまた逢う日まで」