病児・家族支援研究室 Lana-Peace(ラナ・ピース)
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帰り着く家、そこにある慈愛
ー土井晩翠 長女 照子さんー

詩人 土井晩翠氏の長女照子さんは病気のため、27歳で逝去されましたが、亡くなる前、お父様に頼んで、19世紀に活躍したイギリスの詩人 アルフレッド・テニスン(Alfred Tennyson)の詩「Crossing the Bar」を音読してもらったことをこちらでご紹介いたしました。父の声を通して広がるその詩の世界に、照子さんはどんな思いを馳せていたのでしょうか。詩を聴く照子さんのその表情は、晴れやかに輝き、とても死が間近に迫っている人とは思えなかったそうです。
人生最後の時に、照子さんがどうしても聞きたかった「Crossing the Bar」とはいったいどういう詩であるのでしょう。今日は取り上げたいと思います。

この題名に出てくるBarとはSandbar(砂州)のことを指します。
「砂州(さす)」とは、水の流れに乗って運ばれてきた砂が、だんだんたまって、境界のような堆積物となって、できあがった地形のことです。
自分の人生を川のように流れるものだと考え、この世の人生が終わったら、大海の如き永遠の世界につながっているのだと考えると、砂州とは、生と死の狭間にある、まさに臨終の時期を意味することになります。

照子さんがあえてその詩を選び、音読してもらったのは、きっと自分自身の心の深い部分で「もう、あちらの世界へ行き進むのだ…」と、実感していたからだろうと思います。

Crossing the Bar

Sunset and evening star,
And one clear call for me!
And may there be no moaning of the bar,
When I put out to sea,

But such a tide as moving seems asleep,
Too full for sound and foam,
When that which drew from out the boundless deep
Turns again home.

Twilight and evening bell,
And after that the dark!
And may there be no sadness of farewell,
When I embark;

For though from out our bourne of Time and Place
The flood may bear me far,
I hope to see my Pilot face to face
When I have crost the bar.


砂州を越えて

日は暮れて 夕べの星
われを呼ぶ 澄みし呼び声!
願わくは 砂州のくるしみ 無からんことを、
われ大海に 船出するとき。

揺れていても 眠るがごとき 潮のすがた、
満ち満ちて 潮騒もなく 泡も立たず、
限りなき大海より 生まれし生命
再び もとの住処に戻るとき。

たそがれて 夕べの鐘、
その後に迫る 闇の世界!
別離のかなしみ 無からんことを、
わが船出 迎えるときに。

時間と場所の境を越えて
潮はかなたに われ運ぶとも、

わが導きの神に会いたし 顔も間近に
砂州をば越えて すすむそのとき。


引用文献:
西前美巳編(2003)『対訳テニスン詩集―イギリス詩人選(5)』岩波書店, pp.272-275

テニスンの辞世の歌として知られているこの詩は、編者の解説によると、実際は他界される3年前の1889年に綴られたもの(※1)なのだそうです。
そして、テニスンが1892年10月6日に永眠され、同月12日、ウェストミンスター・アベイで埋葬式が行われた時に、この詩が詠まれた(※2)ということでした。
参考文献 ※1 前掲書, p.272, ※2 前掲書, p.284


日本人にとっては日本語の方がわかりやすいですが、原文の英語の詩は、韻を踏んでいて、とても美しいですね。
たとえばこんな風に。
(それぞれ対になった韻を青字、赤字の組み合わせで示してみますね。)

Crossing the Bar

Sunset and evening star,
And one clear call for me!
And may there be no moaning of the bar,
When I put out to sea,

But such a tide as moving seems asleep,
Too full for sound and foam,
When that which drew from out the boundless deep
Turns again home.

Twilight and evening bell,
And after that the dark!
And may there be no sadness of farewell,
When I embark;

For though from out our bourne of Time and Place
The flood may bear me far,
I hope to see my Pilot face to face
When I have crost the bar.

starで始まり、barで終わっているところも美しいですね。
また最後の節に出てくるbourneとは聞きなれない言葉ですが、こちらlimitやboundaryを意味する古語(※3)であり、crostはcrossedと同じ(※4)なのだそうです。
参考文献 ※3 前掲書, p.273, ※4 前掲書, p.274

それを考えて、自分なりに最後の部分をもう一度読み直してみると、この詩の音読は、死に瀕した人の枕元で、「安心して光の方へ進むように」と説き続けるチベットの『死者の書』に通じるものがあるように思えます。

また、ポール・ギャリコの『雪のひとひら』の最後のあたりと重なり合ってくるようにも思いました。『雪のひとひら』は擬人化された雪のかけらが地球の世界に降ってきて、いろいろな冒険をすることが、描かれた小説です。
小説のクライマックス、雪のひとひらがこの地上で、いよいよ終わりになった時の臨終の場面、これがまさに信子さんがおそらく感じていた心境に近いのではないかと思いましたので、ここで取り上げたいと思います。

雪のひとひらは自分の生涯を振り返りながら、それはつつましいものであったけれども、終始何かの形で誰かの役に立つように居合せていたことを、思い起こしたのです。そして、この世で無意味な存在など何もなく、それぞれが調和の中で一役果たすように、この世に送られてきたのだと気付くと、安らかで満ち足りた思いになれたのです。

鼓動はすこしずつ、すこしずつ弱まってきました。まもなく雪のひとひらは雪のひとひらであることをやめ、宏大な無言の天空の一部、おぼろにかすむ秋の雲のひとかけにすぎなくなるはずでした。
けれどもこの終焉のきわに、彼女はいま一度、はるかな昔にはじめて空から舞いおりてきたときに感じとったとおなじ、あのほのぼのとした、やわらかい、すべてを包みこむようなやさしいものが身のまわりにたちこめるのを感じました。

それは彼女を甘やかな夢にいざない、おそれを鎮め、全身全霊をよろこびでみたしました。(略)

太陽が彼女を頭上の雲の中心にひきずりこむ間際、雪のひとひらの耳にさいごにのこったものは、さながらあたりの天と空いちめんに玲瓏とひびきわたる、なつかしくもやさしいことばでした。
――「ごくろうさまだった、小さな雪のひとひら。さあ、ようこそお帰り」

引用文献:
ポール・ギャリコ著, 矢川澄子訳(1975)『雪のひとひら』新潮社, pp.100-101

照子さんは、キリスト教の信仰を深く持っていたわけですが、きっとこの雪のひとひらと同じ感情を抱いていたことでしょう。
また、苦しみや悲しみを感じずにこの世から去り、そして神に近付く、という願望を詠んだテニスンの詩は、まさに照子さんの心を代弁するものだったのだと思います。

ちなみに『雪のひとひら』の最後の「ごくろうさま…」で始まる文章は、原文はこちらの通りです。

"Well done, Little Snowflake. Come home to me now."

引用文献:前掲書, p.107

テニスンの詩の中にも「Turns again home.」とあり、ギャリコの小説の中にも「Come home to me now.」とありますね。
行くべき、戻るべき場所があり、そこに自分の居場所があって、何者かが(人によっては神、仏、あるいは懐かしい縁のある人々だと思いますが)そこで自分を待ち受け、ねぎらい迎えてくれるのだという感覚は、洋の東西を問わず、人の心の波立ちを穏やかにしてくれるのだと思います。

先立ったお子さんは、一人さびしく逝ってしまったわけではないはず。必ず誰かがあたたかく、迎え、包み込んでくれていたはず…。 
2015/5/10  長原恵子
 
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