病児・家族支援研究室 Lana-Peace(ラナ・ピース)
Lana-Peace 「大切なお子さんを亡くされたご家族のページ」
大切なお子さんに先立たれたご家族のために…
 
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言葉は本当に大切。でも、難しい。
お子さんを亡くされた後「とても、自分の気持ちを言葉にすることができない…」とおっしゃる方、「気持ちを言葉にすると、何かどこか違うような気がする。」とおっしゃる方。
言葉にしたら何か空々しいと思ってしまう方。
言葉は本当に難しい。

でも、そんなもどかしさは先立ったあなたのお子さんも感じていらっしゃるかもしれません。
あなたに今、何と伝えれば良いものか、どう言葉にすれば、自分の心の底からの気持ちが、あなたに伝わるだろうかと…。
あなたに何か伝えたい気持ちで、心の中はいっぱいなのだけど、やっぱりそれを十分に伝えてくれる言葉がみつからないと、思っているかもしれません…。

そのようなご両親に、そしてお空であなたのことを見守っているお子さんにも聴いてほしい歌があります。小田和正氏のアルバム「小田日和」の中の「mata-ne」です。この歌を初めて聴いたのは、アルバムの発売前、2014年6月、和歌山で行われた小田さんのコンサートでした。しんと静まり返った静寂に包まれたコンサート会場で、透き通るような小田さんの高音と、そしてどこか朴訥としてあたたかい小田さんの低い歌声によって、美しいスローな旋律にのせられた言葉は、まるで心の中の思いを「詠」んでいるかのようでした。歌詞の一言一言、隅々まで、先立ったお子さんがこの世に遺したご家族へ向けた思いと重なるようで、深く心に染み渡り、聴き入ってしまいました。

君のためなら、いつでも
かならず、行くから。
深い悲しみの中にいる、君に会いに行く。
励ましたり、慰めたり
たぶん、そんなことは
うまくできそうにないけれど
きっと 会いにいくから。

どんな時も、忘れていない。
君は、僕の大切な人

同じ時を行く者として、君の誇れる自分でいたい。

できることはただそこにいて、
暮れゆく空を
遠く眺め、当たり前の明日を待つことだけ。


引用楽曲: 
作詞・作曲小田和正(2014)「mata-ne」
(アルバム「小田日和」より)

この歌は小田さんが23年来の友人であるベーシストNathan East(ネイザン・イースト)氏に作曲した「Finally Home」(アルバム『Nathan East』(2014)ヤマハミュージックコミュニケーションズ 収録)のカバーです。
(Nathan East氏の曲の歌詞は別の方が書かれていらっしゃいます)
コンサート会場で小田さんがおっしゃっていたのですが、East氏とメールでやりとりされる際、小田さんは必ず「mata-ne」と最後に結ぶとのこと。
「またね」
それは今はいっときの終わりだけど、あなたのこと忘れてないからね…。
そういう気持ちが言葉に滲み出ていますよね。
あたたかいつながりを感じる終わりの言葉。
離れているけれど、別れているけれど、それぞれお互い頑張ろうね。
そしてお互いのことを忘れていないよ。そんな気持ち。
きっとあなたのお子さんも、そう思っているはず。

あなたにかけるふさわしい言葉が見つからなくても、
「きっと 会いにいくから。」
そんな風にお子さんはあなたに向けて、あたたかいピュアなエネルギーを送り続けています。
そして「うまくできそうにないけれど、きっと 会いにいくから。」
ずっとそう思っています。

なぜならあなたのお子さんは、あなたがこの世で生きている間、その人生を十分にまっとうしてほしいと願っているから。あなたの人生に多くの楽しみや喜びや、充たされる瞬間を味わってほしいから。

あなたにとって、お子さんが「大切な人」であったように、お子さんにとってもあなたは「大切な人」なのです。
自分の気持ちを言葉に詠(よ)む、という表現は和歌に使われるものですが、まさに「気持ちが詠まれた歌」この歌、それはお子さんからあなたへ届けられた歌だと思ってほしいのです。

君の幸せを願ってる。
離れていても、会えなくても、心から。

引用楽曲: 前掲曲

お子さんが考える「あなた」にとっての「当たり前の明日」
それは、何もありふれた日常を意味するのではありません。

あなたが生きていくことを、肯定的に考えるようになること。
お子さんが亡くなった後、自分が生きていくことが辛くて、苦しくて、自分の人生が無意味なもののように思っているあなたの心の中に、また「生きていこう」という気持ちが湧きおこってくること。
それが「当たり前の明日」なのだと思います。
そして、そういう毎日が来ることをお子さんは願っているのです。

 
夜眠る前、お子さんに「またね」そう呟いて。いつも見守ってくれているお子さんだから、眠る時は心の中でちょっとお別れ。そしてあなたはぐっすり眠ってください。明日もまた、見守ってくれますから。
2014/8/19  長原恵子