病児・家族支援研究室 Lana-Peace(ラナ・ピース)
病気のお子さんと
ご家族のために…
 
ご案内
Lana-Peaceとは?
プロフィール連絡先
ヒーリング・カウンセリングワーク
エッセイ集
サイト更新情報
リンク
日々徒然(ブログへ)
 
エッセイ集

病気と一緒に
生きていくこと

家族の気持ちが
行き詰まった時

アート・歴史から考えるこどもの生

病気の子どもたちが楽しい気分になれるといいな!「けいこかふぇ」のページへ
 
人間の生きる力を
引き出す暮らし
自分で作ろう!
元気な生活
充電できる 癒しの
場所
病気と一緒に生きていくこと
心肺蘇生を受けたこども 1-金色の道と神様

心肺停止になったお子さんに蘇生処置が行われ、一命を取り留めた時、ご両親はほっとすると共に、心配なことがあるかもしれません。強く胸を押されたり(いわゆる心臓マッサージ・胸骨圧迫)、助細動器で電気ショックをかけられたり、空気の通り道を確保するためにのどから管を入れられたり、手足に点滴の針が刺されたことを考えると「どんなに苦しかっただろうか、その心の記憶がいつまでも残らなければ良いのだけど…」と思うことでしょう。
でもその間、決してお子さんは苦しんでいるわけではありません。
BBC(英国放送協会)の記者として番組制作に関わったのち、フリーランスのライター、プロデューサーとして活躍されているジェフリー・アイバーソン氏の著書『死後の生』やケヴィン・ネルソン氏の著書『死と神秘と夢のボーダーランド 死ぬとき、脳はなにを感じるか』の中に登場する実話を知ると、あなたの心も少し落ち着くかもしれません。

スポーツを楽しむティーンエイジャーのアメリカ人 マーク君は立派な体格の青年ですが、生まれた時、気管が弱い病気だったのだそうです。そのため生後9カ月の時に気管切開が行われました。それは首からのどに向かって穴をあけ、直接そこにチューブを入れて、いつもしっかりと空気を肺に取り込めるようにするためのものです。こどもののどにチューブ?と聞くと、動いたらはずれてしまうのかと思うでしょうが、簡単に抜けないように、ちゃんと固定されています。
しかしある時、入院中のマーク君は、身体の向きを変えてうつ伏せになろうとした際に、そのチューブがのどからはずれてしまいました。固定が少し甘かったのでしょう。そのため、マーク君の身体は酸素をうまく取り込めず、心肺停止になってしまいました。その状態が40分も続いたそうです。その間、蘇生措置が行われていたわけですが、マーク君は何と病室の天井から医師と看護師、ベッドに寝ている自分、そして病室から離れたホールで泣いている母と祖父を見ていたのだと言うのです。

そのつぎ気がついたときは、ぼくはふわふわただよっていて、ぼくの体がずっと下に見えるんです。

それから自然に暗いトンネルの中へ引き寄せられていって、中をハイハイしてのぼって行きました。トンネルはどこまでもつついていて、暗くて、明かりはまったくありませんでした。時間の感覚はまったくないんです。

だからどれくらいそうやっていたかはわからないんですが、そのうち明かりが見えてきたんで、それに向かって行ったわけです。
トンネルをのぼっているあいだは、何かに助けられていたみたいです。だって少しのぼると少しずり落ちるみたいな感じでしたから。でもとうとうてっぺんまでのぼりつめたんです。そこはものすごく明るいんです。

それにもうハイハイじゃなくて、ただよってるんでも歩いてるんでもなくて、何かスーッとすべってるような感じなんです。

まず白い服を着た人が大勢見えました。怖い顔の人なんか一人もいなかった。ぼくには死んだ家族なんてまだいなかったから、その人たちの中に知り合いがいなかったんだと思います。

それから金色の道が見えてきたので、そっちへ行くと、神様があらわれて、テレパシーか何かで話しかけてくれました。するといきなりぼくと神様が、一緒に金色の道をすべり出したんです。すごくいい気分でした。

そのうち止まったとき、やはりテレパシーみたいにして、神様に家へ帰りたいかと聞かれました。帰りたくないって答えたんですが、お前にはまだ人生でやるべきことがあるから、帰りなさいと言われました。するとぼくは病院にもどっていたんです。
そのときは3か月間ずっと昏睡状態だったそうです。

あの体験のせいで、ぼくは考え方が少し違う人間になったかもしれません。友だちとくらべてすごく違うってわけじゃないけど、やっぱり少し違うと思うんです。
ふつうは経験しないことを経験したわけですからね。死ぬことが怖くないんです。どうなるか知ってますから。刺し殺されるとかそんなのは嫌ですけど、それはやっぱり怖いですけど、死ぬこと自体はちっとも怖くないんです。


引用文献:
ジェフリー・アイバーソン著, 片山陽子訳(1993)『死後の生』
日本放送出版協会, pp.120-122

不思議な記憶を両親に話したのは、マーク君が5歳の頃だったそうです。
両親は大変驚きました。なぜならマーク君には、当時のことを話していなかったからです。はじめは信じられない両親も信じられませんでした。
でもマーク君は、その場にいなければ決してわからない詳細を、どんどん話すのです。

たとえば当時部屋に飾られていた飛行機のついたモビールを、両親が息を吹きかけて回してくれたこと。血管の脆いマーク君の点滴の持ちを良くするために手作りした装置のこと。隣のベッドにやってきた女の子のこと。そのすべてはマーク君が昏睡状態であり、意識がなかった時の話です。

両親はそれがマーク君の妄想なのか、誰かから聞いた話なのかと疑ったそうですが、誰も話していないその時の出来事や様子を詳細に正確に語ることから、息子が体外離脱したと信じるようになりました。

そしてマーク君は死が怖くないと言っていますが、決して安易に死を選ぼうとしているのではありません。マーク君が神様と交わしたという会話。それは彼にとって人生訓になったのだと思います。
自分の人生、しっかりと、自分のやるべきことをやらなくちゃ!
そう思ったことでしょう。

 
お子さんが瀕死の状態で、昏睡状態である時、お子さんは苦しくはありません。きっとそれは、お子さんを守る神様のはからい。
2015/1/31  長原恵子
 

関連のあるページ
「心肺蘇生を受けたこども 2-そばで守ってくれる人」
「心肺蘇生を受けたこども 3-人生を導いた天使の言葉」