7年越しの贈り物 |
「きっと良くなる」そう思っていたのに、もう長い間、ずっとベッドに横たわる我が子の横にいて、どうやったら気持ちを立て直すことができるだろうかと、悩んでいる親御さん、いらっしゃるかもしれません。何かしなくては…と、いてもたってもいられないような気持ちになることもあれば、時には無気力で、何をする気にもなれない時もあるかもしれません。
そうした心の波がいくつも繰り返して押し寄せるうちに、心のセンサーをわざと鈍くしている方もいらっしゃるかもしれません。
でも親が悩んでいる間にも、こどもの心は育っているのだと感じられるお話が、佐々木志穂美さんの著書『さん さん さん〜幸せは、いろんなかたちでそこにある〜』の中にありました。
志穂美さんの長男洋平君は2か月の時に、左脳がほとんどない状態と診断されました。いろいろな障害のある洋平君のお世話をしっかり身につけたかったのでしょう、志穂美さんは洋平君が10か月の時、リハビリセンターに母子入園することにしたのです。
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「先生、私は先を見つめて生きたいんです。はっきり言ってほしいんです。先生の予想でかまわないんです。この子は、どの程度になるんですか」
医師は数秒間の沈黙のあと、
「先のことはわかりません。予想だけで言うなら、身体的には、ほぼ今のような状態が続くかと……。
でも、心は育っていきますよ」
洋平は、首すら座っていなかった……。
引用文献:
佐々木志穂美(2006)『さん さん さん〜幸せは、いろんなかたちでそこにある〜』新風舎, pp.14-15 |
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それから5年ほどの月日が流れ、洋平君が養護学校(現在の特別支援学校)に入った頃、「心は育つ」その言葉を志穂美さんが改めて思い直す出来事があったのです。 |
洋平が、笑顔というご褒美を私にくれたなら、私はもっと歌っただろう。数えきれないほどのシャボン玉を吹いただろう。
私は、母子入園中、子どもと遊ぶ時間が一番嫌いだった。
見えない聞こえないと言われた子どもに、母の歌声がなんの意味を持つ! 自宅に戻っても、私自身日本語を忘れてしまいそうなほど、ただ黙々と洋平の世話をしてきた。
洋平が入所してしばらくして、「洋子くんは、お母さんの声を聞くと、私たちといるときとは表情が変わる」スタッフたちが、と言ってくださっても、
「またまたあ。私に母としての自覚と喜びを与えようと、うまいこと言ってる」と思っていた。
洋平の耳が実は聞こえているらしいことに気づいても、言葉の理解力を持つことなど、ないような気がしていた。
それが、洋平は「ケーキ」という言葉を聞くとにやっと笑い、唾液をのみ込むようになった。誰の声か聞き分け、お気に入りの人の声だと表情が明るくなった。洋平に話しかけているわけではない会話に、自分の話題があがると、目と体の動きが止まり、集中して聞こうとしているのが感じられた。
洋平は、聞いているんだ。理解しようとしているんだ。
そう気づいたとき、最初に感じたのは後悔だった。
洋平が、まだ真っ白な心だったときに、私の声でその心を包んでやればよかった。
一生懸命、何かをつかもうと小さな芽を心の中に膨らませていたときに、どうして歌ってやらなかったのだろうか。
きっと、洋平はずっと待っていただろうに。
私はとってもいたらぬ母で、洋平の成長は、園のスタッフの皆さんや学校のおかげだと思う。洋平の人格を大切に、一人前として扱ってもらって、洋平は何もわからない赤ちゃんから、世界でたった一人の「佐々木洋平」になっていった。
引用文献:前掲書, pp.34-35
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どんなに身体に不自由があったとしても、心まで自由は奪われることはないのですね。おいしいものを味わい、それを楽しみにしたり、自分への関心に喜びを感じたり…。
そういう可能性を洋平君は教えてくれたのですね。
不自由な身体でも、この世界のいろいろなことに自分から関わりをもとうとしていること、そうした息子の成長に、ようやく気付いた志穂美さんが最初に感じたのは後悔。でも、決して洋平君は志穂美さんに後悔など求めていなかったと思います。母にとってそれだけの年月が必要だったことを、洋平君はきっと知っていただろうと思います。
もしも自分が不自由な身体で、限られた生活空間の中で毎日の日々を過ごしていた時、やわらかな心をいつまで持ち続けることができるだろう…。
そう考えてみると、洋平君の心のしなやかな強さは、素晴らしいことだなあと思うのです。そしてそれは、志穂美さんの地道なお世話の中にこめられていたあたたかさが、洋平君の心をそのように育てていったのだろうと思うのです。
志穂美さんの気付きは、お誕生から7年越しの、洋平君から母への贈り物だったのですね。きっと。 |
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日々のお世話、それはお子さんが心地良く過ごす上で役立っているけれど、身体のみならず心を育てることにつながっていきますね! |
2016/6/2 長原恵子 |
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