病児・家族支援研究室 Lana-Peace(ラナ・ピース)
Lana-Peace 「大切なお子さんを亡くされたご家族のページ」
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今日はロシアの小説家フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキーの作品『カラマーゾフの兄弟』から、子どもを亡くした夫婦のお話を取り上げたいと思います。

辻馬車の御者をする夫婦ニキータとナスターシャは、4人の子どもに恵まれました。しかし上の3人は亡くなってしまいました。そして悲しいことに末息子アレクセイも、2歳9カ月で亡くなってしまいました。母ナスターシャは息子アレクセイが目の前に立っているようで、どうしても忘れることができません。
そんな母を父ニキータは「息子は神のそばで天使と共に賛美歌を歌っているにちがいない」と慰めます。でも、母ナスターシャの心には「自分たちのそばにアレクセイがもういない」という現実があまりにも重くのしかかり、父の言葉が慰めにはならないのです。

遺品を手にとっては涙にくれる日々の母ナスターシャは、息子のお葬式を済ませた後、ニキータの元を離れて巡礼の旅に出ました。3カ月かけて3か所の教会へお参りしました。そして自分の住む街から300km離れたところにある、4か所目の教会にやってきました。

その教会の長老は、母ナスターシャに昔の大聖人のお話をしました。
それはナスターシャと同じように 子どもを亡くし、泣き暮れていた母親を慰めるために、大聖人が言葉をかけられたときのお話です。
子どもたちは「せっかく世の中に生まれることができたのに、こんなにも早く天に召されたのだから」と、神様に天使の位を授けてくれるようねだるのだというのです。そして子どもたちは大勢の天使の仲間と一緒にいるのだから、どうか安心し、喜ぶようにと説かれたのだそうです。

そうした大聖人の話は偽りではないのだから、と長老は次のように母に言いました。

母さんや、わかってください。あなたのお子さんは、今ごろはおそらく神の前に立って、喜び、楽しみ、あなたのことを神に祈ってくれているということをね。あなたは泣くがいい、でもそれは喜びの涙なのですよ。

引用文献:
ドストエフスキー著,亀山郁夫訳(2006)
『カラマーゾフの兄弟 1』光文社.p.127

しかしながら母ナスターシャは、一度でいいから、一分で良いから、物陰に隠れ、そばに近づいて話しかけたりできなくても良いから、中庭で遊ぶ息子の姿を見たい、自分を探し回る息子の小さな靴音を聞きたい、と切々と訴え、形見の帯を握り締めて号泣するのです。
それに応えて、長老は次のように言いました。                   

慰めを得ようとせずに、泣きなさい。ただし泣くときは、そのたびごとにたえず思い出すんです。
あなたのお子さんは、神の天使の一人だということをね。
お子さんはあなたのほうを見て姿をみとめ、あなたの涙を喜び、それを神さまに指で教えているのです。これからまだしばらく、母としてのあなたの大きな嘆きは消えないでしょうが、最後にはしずかな歓びに変わり、苦い涙はしずかな感動と罪から心を救う浄化の涙となるのです。1)

どうしてお子さんのあの世の幸せを壊そうとなさるんです? 
お子さんは生きているのですよ。生きているんです。
魂は永遠に生きているんです。ご自分の家にはいなくても、目には見えない姿で、あなたたちのそばにいるのです。
あなたがご自分の家を憎んでいるとおっしゃったら、お子さんはどうして家に戻ってこられますか?あなたがたご両親が一緒でないことを知ったら、だれのところに戻ればよいのです?
おっしゃったように、今はお子さんが夢に出てきて、あなたは苦しんでおられるけれど、家に戻れば、あの子も穏やかな夢を送ってくれますよ。母さんや、ご主人のもとにお帰りなさい。
今日にも帰っておあげなさい」2)

引用文献:
1) ドストエフスキー著,亀山郁夫訳(2006)
『カラマーゾフの兄弟 1』光文社.p.129

2) ドストエフスキー著,亀山郁夫訳(2006)
『カラマーゾフの兄弟 1』光文社.p.130

人それぞれ、宗教、信仰は異なります。
そして、亡くなった後の命の行き先についても、いろんな異なった考えがあります。その行き先は天国、浄土、極楽、天界、天上の世界…と、様々な表現があります。一方、そのような死後の生といった世界観を持たない方もいらっしゃいます。

でも、死を迎えたことによってお子さんが無に帰するのではなく、どこかとても安らかで、心地良く過ごせる場所にいるということ、そして両親のの幸せを祈っている、と考えることは、ご両親の苦しい気持ちを救ってくれるのではないかと思います。

死後の世界での命が永遠のものであり、目には見えなくてもこの世の自分を護り、共に過ごしてくれているのだ、と考えることができるようになれば、本当に心強いことですね。

ドストエフスキーの作品はキリスト教に基づくものですが、こうした考えは浄土教における「還相回向(げんそうえこう)」と極めて近いものがあると思いました。とても驚きです。
還相回向については、また別の機会にお話したいと思います。

 
今、お子さんがあなたのことを「大丈夫かなぁ」と心配しながら、じっとあなたの瞳をのぞきこんでいるとしたら、あなたはどんな姿を見てほしいですか?                         
2013/6/10  長原恵子