病児・家族支援研究室 Lana-Peace(ラナ・ピース)
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悲しみで心の中がふさがった時

6日の命が手にした永劫性

出産前に明らかになった我が子の病気…それは我が子の生命をも左右するような、とてもとても、大きな病気。そしてこの世での人生を僅か6日で去ってしまった赤ちゃんと、遺された家族の悲しみ…。
もちろんその悲しみは消えることはないけれども、ご家族の選択によって、心の向きが随分変化することがあります。アメリカ人のサラ・グレイ(Sarah Gray)さんの講演をインターネットで見て、そのように思いました。実際の講演動画をご覧になりたい方は、こちらから見ることができます。今日はサラ・グレイさんのお話をご紹介したいと思います。

サラさんは妊娠3か月の時に受けた超音波検査により、宿った双子のうち、一人が無脳症であると知りました。当時、医師はサラさんに、妊娠期間が継続しても、命を得たまま無脳症の赤ちゃんが無事に生まれ出る可能性は少なく、また生まれても、この世での命は数日だとお話しました。また選択肢として減胎手術も説明されたそうです。しかし、その手術では母体と、もう一人の健康な赤ちゃんにもリスクが及ぶ可能性があるとサラさん夫妻は知り、手術を受けることなく、出産まで過ごすことを選びました。そこから出産までの6か月間、それはサラさんにとって、非常に辛い時間でもありました。

And it felt like having a roommate point a loaded gun at you for six months. But I stared down the barrel of that gun for so long that I saw a light at the end of the tunnel. While there was nothing we could do to prevent the tragedy, I wanted to find a way for Thomas's brief life to have some kind of positive impact.


長原意訳:
出産までの気持ち、それはまるで実弾入りの銃を手にしたルームメートが、私の方に銃孔を向けたままで過ごしているかのようでした。これから生じる悲劇を私たちは防ぎようはないと思いつつも、その一方で、トーマスの短い命の中から、前向きに考えられる何かを見出したい、と思っていました。


引用サイト:
TEDTalks
" How my son's short life made a lasting difference"

サラさん夫妻の頭に浮かんだのは、トーマス君が亡くなった後、臓器や組織を移植医療のために提供することでした。そこで看護師を通して、地元ワシントンの臓器移植協会に尋ねてみたのです。しかし生まれてまだ僅かのトーマス君の身体は、あまりに小さすぎるため、移植医療のドナーにはなれないだろうというお返事が返ってきました。善意の申し出が、そのような理由で断られるとは予想もしていなかったことから、サラさんはとてもショックを受けました。
しかし協会から、研究用として提供することはどうかと、提案があったのです。サラさんは嬉しく思いました。

This helped me see Thomas in a new light. As opposed to just a victim of a disease, I started to see him as a possible key to unlock a medical mystery.

長原意訳:
この提案によって、トーマスの未来に、新しい光が差し込んだような気がしてきました。我が子は重い病気の犠牲者という見方なのではなく、まだ解明されていない医学の謎を解き明かす可能性を握っているかのように感じられたのです。


引用サイト:
TEDTalks
" How my son's short life made a lasting difference"


2010年3月23日、双子の兄弟は元気に生まれました。トーマス君は出生前の診断通り、無脳症でした。しかし亡くなるまでの間、とてもたくさんの愛情に包まれて、過ごすことができました。トーマス君は自分で哺乳瓶からミルクを飲むことができました。また、両親に抱っこされ、その指を握り返すこともありました。そして最期はお父様に抱っこされ、家族皆がそばで見守る中、6日の人生を静かに終えて、旅立っていったのです。

サラさん夫妻はすぐにワシントン地域臓器移植協会に連絡をしました。トーマス君を迎えに来てくれた車は、直ちに国立小児医療センターへ向かい、トーマス君はそこで臓器摘出手術を受けたのです。臍帯血はデューク大学へ、肝臓は細胞医療会社の「Cytonet」へ、角膜はハーバード大学医学部のスケペンス眼研究所へ、そして網膜はペンシルベニア大学へと届けられました。
その数日後、身内だけでトーマス君の葬儀が営まれました。

(略) and we basically closed this chapter in our lives. But I did find myself wondering, what's happening now? What are the researchers learning? And was it even worthwhile to donate?

長原意訳:
私たち家族の生活の中で、こうしてこのトーマスの章は閉じたけれども、沸々と湧き上がる思いがありました。
「今、トーマスの臓器・組織には何が行われているの?」
「研究者はトーマスの臓器・組織から、何を学んでいるの?」
「研究目的の臓器・組織提供自体、意味あることだったの?」


引用サイト:
TEDTalks
" How my son's short life made a lasting difference"

その後、移植協会主催のドナー家族のための集まりに参加し、ドナー家族は移植治療として臓器提供を受けたレシピエントから、お手紙をもらった、という話を聞いたのです。サラさんはトーマス君の提供した臓器や組織が研究としてどう役に立っているか知りたいと思い、Old Dominion Eye Foundation (ODEF) にメールしました。すると、その2日後、トーマス君の網膜が送られたペンシルベニア大学からお返事が来たのです。

それは網膜芽細胞腫(もうまくがさいぼうしゅ:網膜に発生する悪性腫瘍で、幼いこどもに見られる)を研究していたペンシルベニア大学のアルパ・ガングリー(Arupa Ganguly)医師からの、お返事でした。
アルパ先生はヒトの細胞・組織・臓器を研究者に提供する専門機関 NDRIに(National Disease Research Interchange)に、網膜の利用申請を6年前に出していたけれども、なかなかそれが叶わず、ようやく今回、トーマス君の網膜をいただくことができたのでした。
トーマス君と家族への感謝の言葉で始まり、研究室へのご招待の言葉で結ばれていたメールを受け取り、サラさんは、早速アルパ先生に電話をしました。

So next we talked on the phone, and one of the first things she said to me was that she couldn't possibly imagine how we felt, and that Thomas had given the ultimate sacrifice, and that she seemed to feel indebted to us. So I said, "Nothing against your study, but we didn't actually pick it. We donated to the system, and the system chose your study. I said, "And second of all, bad things happen to children every day, and if you didn't want these retinas, they would probably be buried in the ground right now. So to be able to participate in your study gives Thomas's life a new layer of meaning. So, never feel guilty about using this tissue."

長原意訳:
アルパ先生は、たとえ研究に貢献すると言っても、我が子の臓器や組織を提供する、という選択をされたサラさん夫妻の辛い心情を「わかります」などとは到底容易に言えず、その尊い犠牲に借りがあるように思えてしまうのだとお話されました。

しかし、サラさんはこう言いました。
「アルパ先生の研究に反対しているわけでありません。私たちはあくまでも研究目的の臓器・組織提供システムに則って、提供したまでであり、アルパ先生の研究を意図的にピックアップしたわけでもありません。
それにこの世の中では、病気のような望ましくないことが、こどもたちの身の上に日々起こっているけれど、もし我が子の網膜を誰も入手希望してくれなかったら、網膜は活用されることもなく、埋葬されていたかもしれないのです。
トーマスは網膜の提供、という形でアルパ先生の研究に参加できたおかげで、そこから人生に新しい意味を持つ始まりが起きました。ですから、どうか、息子の網膜を使うことに、罪悪感を持たないでください。」


引用サイト:
TEDTalks
" How my son's short life made a lasting difference"


電話から数か月後、サラさん一家は研究室を訪問しました。それは2015年3月23日、トーマス君と双子のケイラム君兄弟にとって、5回目の誕生日でした。トーマス君は研究室で「RES 360」というコードネームを与えられ、研究されていました。それは「研究(research)用の360番目の標本」という名前でした。

トーマス君の分身は実に大きな使命を持った研究に参加していました。
トーマス君の網膜とRNAは、網膜芽細胞腫の腫瘍形成遺伝子を非活性化させることを目指した研究に、使われていたのです。そして研究室の冷凍庫にサンプルとして、2つ保管されていました。なかなか入手できない貴重な研究素材であるため、今後のために、大切に保管されていたのです。

トーマス君の提供した身体の一部は、長い年月と多くの研究者の努力と知見を重ね合わせて、未来の誰かの命を救うことになる…そう考えると、トーマス君の命は計り知れない永劫性を持つと言えますね。

もう1つ、サラさんがとても感激するご対面もありました。トーマス君の網膜がワシントンD.C.からペンシルベニア大学に届けられ時の搬送伝票を、アルパ先生は大切にとっていたのです。サラさんはそれを、まるで先祖伝来の家宝のようだと感じました。

サラさんはその後、トーマス君の組織、臓器が送られたすべての研究施設に出かけることができました。そして研究者との出会いにより、家族にたくさんの心の平安がもたらされたように感じたのです。

And a life that once seemed brief and insignificant revealed itself to be vital, everlasting and relevant.
And I only hope that my life can be as relevant.


長原意訳:
「なんと短く、はかない人生だろうか…」そんな風に見えた息子の人生は、実はどれほど重要で、そして永遠で、様々なものに関連しているかが、明らかになってきました。
そしてそこに私も関わっていけることが、ささやかな望みと思うようになりました。


引用サイト:
TEDTalks
" How my son's short life made a lasting difference"


サラさんは臓器や組織提供について勉強を重ね、今ではアメリカ組織バンク協会で、仕事に就いていらっしゃいます。
それはきっとトーマス君が導いてくれたご縁の、たどり着いた場所。トーマス君の命は、様々な研究に参加するだけでなく、また別の形で母と共に、この世に生き続けることができるのだと思います。

たとえお子さんの今世の命は短くても、いろいろな形でこの世に生き続け、誰かのために大きなお役目を果たすこともできるのです。 
2016/10/14  長原恵子