病児・家族支援研究室 Lana-Peace(ラナ・ピース)
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陶棺
(東京国立博物館 蔵)
 
品名:
陶棺
 
出土:
岡山県瀬戸内市長船町東須恵 本坊山古墳出土
数量:
1個
時代:
古墳(飛鳥)時代・7世紀
所蔵先:
東京国立博物館蔵
展示会場:
2017/11 東京国立博物館 平成館
(写真撮影許可あり)列品番号:J-895
 

陶棺は六世紀中葉頃から一世紀半にわたって使用された(※1)と考えられる棺です。

さて今回の陶棺は岡山県瀬戸内市の桂山にあった本坊山(ほんぼうざん)古墳から、須恵器の杯と共に明治16(1883)年、見つかった須恵質の陶棺です。陶棺は焼成方法から「土師質」と「須恵質」に分けられます。それは土器の土師器と須恵器の違いを見ると、分かりやすいかと思います。野焼きの土師器と異なり、須恵器は山の斜面などに穴を掘り、上方に向かって掘り進め、排煙用の穴を開けた窖窯(あながま)が焼成時に用いられました。そのためより高温で焼成されることになり、土師器より硬さが増し、青灰色となります。
こちらの陶棺は長さ166cm、幅54.5cm、高さ81.8cm(※2)ですが、これほど大きな陶棺を焼成できる窖窯を用意できたとは、当時の人々の土木造成技術はとても高いですね。日本で現在出土している652個の陶棺(※3)の内、約4割は焼成分類が不明ですが、残りの377個のうち、計算してみると土師質と須恵質の割合は約2:1でした。想像以上に須恵質の陶棺が多くて驚きです。

陶棺は全長が1.5m以上の大型のものは成人の伸展葬(背中や足を伸ばして仰向けになった状態で葬る)際に使われる(※4)と考えられていますが、こちらの家形陶棺は長さ166cmと言っても、中央で二つに分割れています。いわゆる二棟続きの家の陶棺です。一人のために二つ用意されたのか、ご夫婦で並んで使われたのでしょうか?特にその内容を記載された文献を見つけられなかったので、不明です。

こちらの陶棺の片方の外壁には二つの模様がはっきりと残っていました。遠くからでは十六菊のようにも見えますが、花中央の円形の部分は大きく、蓮に特徴的な花托が表現されているので、蓮華文ですね。花弁が二枚重なったように見えるので、複弁蓮華文です。

複弁蓮華文は五世紀頃の中国の石窟寺院や仏教台座に多く(※5)、わが国では七世紀後半に建てられた四大官寺の川原寺に軒瓦として初めて現れた(※6)そうです。棺が蓮華文で装飾されていることについて、葬られた人や陶棺製作に携わった関係者が仏教に知識があり、かつ信仰していた可能性があると考える意見(※7)もあります。ただ、当時の仏教は現代人が考える仏教とは随分色合いが異なります。個人個人の死に対する思いと仏教が関連するというよりは、人心をまとめ、国をまとめていく思想の拠り所とされていた部分が大きいからです。それゆえ、複弁蓮華文で飾られた棺に納められていた人は、土地や人民の統治に関連していたのかもしれません。
この陶棺の複弁蓮華文は軒瓦にではなく、壁面に大きく飾られています。なぜでしょう?いろいろ考えてみると、陶棺が石室に納められていた方向が関係しているのかもしれません。例えばもし複弁蓮華文が配された壁面が石室開口部の手前になるように置かれていたのであれば、どうでしょうか。石室入口から蓮華文がすぐにわかることになります。故人を邪悪なものから守る力、そのような役割がこの蓮華文に込められていたのかもしれません。

写真1:蓮華文のない方の側面より
写真2:複弁蓮華文

本坊山古墳の陶棺は、明治時代に日本で天皇陵、古墳の撮影や測量を行った冶金技師ウィリアム・ガウランド氏が当時写真撮影しています(※8)。その写真の中には東京国立博物館に展示されていた陶棺の屋根部分は見当たりませんが、2つの蓮華文と足付きの陶棺の姿は、展示品とまさに同じものだと思います。ぜひリンク先を参照してみてください。

 
<参考文献・ウェブサイト>
※1 村上幸雄「石棺と陶棺」近藤義郎, 河本清編(1987)『吉備の考古学 吉備世界の盛衰を追う』福武書店, p.341
※2 文化遺産オンライン「陶棺」
※3 前掲書1, p.339
※4 前掲書1, p.335
※5 奈良県立橿原考古学研究所編(2003)『橿原考古学研究所論集 第14巻』八木書店, p.392
※6 奈良県文化財研究所 「古代の瓦」
※7 岡山県瀬戸内市 広報せとうちNo.15(2006年2月), 「瀬戸内発見伝 巻の十四 岡山県立博物館特別展「吉備の渡来文化ー渡り来た人々と文化ー」」p.12
※8 「16年間で400基を超える古墳を調査した英国人技師」(朝日新聞2007年06月26日)
   
<写真>
写真1 蓮華文のない方の側面より(当方撮影・撮影許可あり)
写真2 陶棺の複弁蓮華文(当方撮影・撮影許可あり)
2018/8/22  長原恵子